九十八の旅物語
           俵 万智


               朝日新聞社
               2000年6月15日 第1刷印刷
               2000年7月 1日 第1刷発行



〜 土の力 − 島 武己の世界 〜

 那覇の壺屋と呼ばれる一帯には、焼き物の店がえんえんと軒を連ねている。17
世紀、琉球王朝が、ここに陶工を集めて陶器の村を作ったのが、そのはじまりとい
う。陶器の好きな人なら、ウィンドウショッピングして歩くだけでも楽しい。素材
で使いやすそうな器から、ちょっとモダンなものまで。1時間ほどかけて歩いた結
果、「私の1番」は決まった。伊禮邦夫さんというかたの店で、土の匂いのするよ
うなサラダボウルを買った。釉薬は使われていないが、紫と茶を混ぜたような光沢
が美しい。ボウルを縁どる、葉っぱの形の小さな窓が、粋な模様になっている。
 その伊禮さんが「沖縄の1番」と名前を挙げてくださったのが、島 武己さん(54)
だった。かつては壺屋にいた人物だが、今は中城村というところに自分の窯を持ち、
製作を続けているという。その「城窯」を訪ねた。
 スキンヘッドに鋭いまなざし。がっしりした体格の島さんは、格闘家のような雰
囲気を漂わせている。仕事場の隅には、無造作にダンベルが転がっていた。「体力
がいる仕事なんでね」
 ここ数年取り組んでいる「自然と造形」シリーズの作品群を見せていただいた。
ずっしりと大きなオブジェである。やはり、この人にとって陶芸は格闘技なのだ、
と思った。うねるような力強い線。不気味なほどの存在感。あばれる土の生命力と、
島さんの精神力とが、ぎりぎりのところで均衝を保っている。その緊張感が、人を
黙らせる。炎のようにも、蝶のようにも、女体のようにも、海草のようにも見える
曲線は、ある角度からは仏さまの表情を見せた。
 沖縄生まれの島さんは、十七歳のときから壺屋で焼き物の修業をはじめた。ここ
で徹底的に基本を叩きこまれた彼は、やがて古陶磁に興味を持つ。沖縄の古い窯跡
を歩きつづけ、そこで壺や皿の陶片を拾い、魅せられたという。その陶片の持つ白
や黒や緑の苔のような風合いを、再現しようと挑み、そしていつしか自分のものと
してしまったのが、今の作品にある独特の色と光だ。
 「茶碗や壺は、技術さえ勉強すれば、できるもの。けれどオブジェは、自然からし
か勉強できない」と島さんは言う。海辺の洞窟や苔の生えた岩々や、御獄(うたき)と
呼ばれる自然の中の神聖な場所に、彼は身をひたす。焼くときには、釉薬をかけたり、色
付けをしたり、ということは一切しない。いわゆる焼き締めという方法だ。土の中
の鉄分や灰が焼けて、自然に色がつくという。その色は季節や大気の流れによって
変化する。つまり、作品を生むインスピレーションもモチーフも製作過程も、すべ
て「自然」との関わりが最重要なのだ。
 思えば人間の作る陶器は、自然の土から、ずいぶん遠いところへきてしまった。
それをもう一度、自然へ返そうとしているのが、島さんの試みではないだろうか。
自然を作るとは、すなわち、神の仕事である。私には彼が、神になろうとしている
男に見えた。

在ることの美しさとして見るオブジェ
土から生まれ土を超え行く